「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会報 街の散策:64 神田川源流域散策2 神田川源流コース
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[ 街の散策からの気付き発見 ]会報 October 1, 2026
「 64 神田川源流域散策2 神田川源流コース 」
井之頭池の散策を続けて水門橋の神田川の起点に着いた。池の端にある水門橋の下から流れ落ちる水が神田川の起点になる。川沿いには遊歩道が整理されている。神田川源流コースのマップをみると、「井之頭公園駅⇒(3分) 水門橋・夕焼け橋・神田上水橋・あしはら橋・丸山橋⇒(20分)三鷹台駅⇒神田橋・みすぎ橋・みどり橋・宮下橋⇒(20分) 宮下公園⇒(5分)久我山駅、の約2.4km60分コース」、となっている。源流コースを三鷹台駅まで歩くことにした。夕焼け橋までは、神田川の源流のせせらぎ、という風情があった。その先は、両岸に柵がつながり、川には草が茂り、草で水面は見えにくい、およそ神田川の源流の流れ、というイメージはない。30分程歩くと、井の頭線・三鷹台駅に着いた。小雨が降ってきたので帰ることにした。
余談ながら、私の年代では、「神田川」という響きから1970年代のかぐや姫の「神田川」を思い浮かべる。この歌は昭和48年(1973)9月に発表された作品で、作者の喜多篠忠が早稲田大学在学中に恋人と神田川近くのアパートで暮らした思い出を歌詞にし、南こうせつが曲を作った。いまでも、哀愁をおびたバイオリンの旋律を聞くと、かの時代へタイムスリップするような感がある。
帰りの電車の中で、散策中に「神田川」の時代について想い浮かんだ事を整理した。「神田川」の前の時代、1960年代は安保闘争や大学の管理運営方法・学費値上反対等で、学生運動が盛んだった。これも昭和44年(1969)の東京大学安田講堂事件をピークに沈静化へ向かった。昭和45年(1970)の大阪万博は高度経済成長の頂点だった。昭和48年(1973)は第一次オイルショック(石油危機)が発生した。この年10月に勃発した第4次中東戦争でOPECが原油の供給制限と輸出価格の大幅な引き上げを行うと、国際原油価格は3ケ月で4倍に高騰、石油関連製品の値上に直結した。売り惜しみや便乗値上げ等もあり、狂乱物価やトイレットペーパーの買占め等が社会を騒がせた。一方では、漫画家の上村一夫の『同棲時代』が流行し、結婚を前提とせず、若い男女が一緒に暮す「同棲」が流行語になった。就職や進学で地方から都会へ出てきた若者が急増した時代だった。「神田川」の歌の時代を想う散策でもあった。
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