「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会報 街の散策:63 神田川源流域散策1 井之頭公園
「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会員各位
■ 「桐の会(ポロウニア・クラブ)」 会報のお知らせ 会員:K.T.
こんにちは。2026年10月の会報をupします。秋の紅葉シーズンになります。ここまでくると、2026年も残り3ケ月です。時の流れは、たゆまず流れていきますね。近年の秋は短く、すぐ冬になります。秋の散策では、秋から冬へとうつろう季節を楽しみましょう。でも、季節の変わり目は体調を崩しやすいので、各々体調にはご用心ください。さて、今年は街の散策エリアを広げています。脳トレを兼ねて、歴史という膨大な過去の時間軸と併せ、現地・現物・現実を見て、「知るを楽しむ」、学びの散策を続けていきましょう。
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【街の散策からの気づき発見】会報 October 1, 2026
63 神田川源流域散策1 井之頭公園
神田川の源流域を散策しょうと吉祥寺駅にきている。井之頭公園はJR吉祥寺駅から徒歩5分のところにあり、神田川の源流となる井之頭池が井之頭公園の真ん中にある。その井之頭池からの落水が、神田川の起点になっている。この土地は江戸時代、幕府直轄地であった。明治維新後に東京府が買い上げ、明治22年(1889)に宮内省御用林となり、大正2年(1913)に東京市に下賜され、その後大正6年(1917)、井之頭恩賜公園として開園された。公園は428千㎡(東京ドームの約9倍)の広さ、井之頭池は約42千㎡(東京ドームの約90%)の広さがある。公園管理者は東京都、所在地は武蔵野市と三鷹市に跨っており、北側が武蔵野市、南側が三鷹市になる。皇室から賜ったことから正式名称は「井之頭恩賜公園」とされているが、通称で「井之頭公園」と呼ばれている。公園敷地の約2/3が三鷹市、約1/3が武蔵野市になるらしい。池の一周は徒歩で30分ほどとのこと。反時計回りに神田川の起点碑がある水門橋まで散策する。池は緑色だ。アオコが大量発生しているのだろう。かっての井之頭池は湧水口がいくつもあったことから七井の池とも呼ばれた。戦後、周辺地域で都市化や地下水利用が進み地下水の水位が低下、昭和38年(1963)には池が干しあがった。その後、地下水をポンプでくみ上げ、水量を維持している。三鷹市の資料によると、かって、湧き水が豊富だった時代は池水が6日ほどで入れ替わっていたが、人工的給水主体となった後は約16日を要する、という。池の水の循環が悪いのだ。アオコは植物プランクトンが大量発生したもので、水の循環が悪い場所に繁殖する。地下水の自然環境が悪くなっているのだ。池の周りを散策すると、野口雨情(1882~1966)や中田喜直(1923~2000)の歌碑があった。
余談ながら、今年5月8日埼玉新聞ネット配信で、「旧春日部市役所跡地に公園構想 クレヨンしんちゃんを活用した施設に市と6社が基本協定締結 計画面積は約1万3千平方メートルで、パークPFIの活用は同市初。企業群「KASUKABEパートナーズ共同事業体」(後略)」のニュースが出ていた。パークPFIとは、Park-Private Finance Initiativeの略で、日本語の正式名称は「公募設置管理制度」、公共施設の建設・維持管理・運営に民間資金やノウハウを活用する手法で収益施設の設置と公園施設の整備管理を一体的に行う民間企業を公募で選定する制度、のことだ。事業体によると、施設名は「(仮称)春日部しんちゃんパーク」となるらしい。願わくば、春日部市はアートの街づくりを長年やってきているので、漫画家 臼井儀人(うすいよしと/1955~2009)、俳人 加藤楸邨(かとうしゅうそん/1905~1993)、小説家 三上於菟吉(みかみおときち/1891~1944)等、この地とご縁のある芸術家の記念碑も園内に設け、アートの街感を出して欲しい、と思う。
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