「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会報 環境学習:E17 2026年1月度 「SDGs目標12と目標13の学習」
■ 桐の会(ポロウニア・クラブ) 会員各位
桐の会 会報・環境学習会のお知らせ 会員 K.T.
こんにちは。今日、15日は”小正月”、お正月にお迎えした”歳神様”は”どんど焼き”の煙でお見送りし、環境学習をスタートしましょう。2026年1月の「環境学習会」・会報です。今年度のテーマ「SDGs」の続き、今月は目標12と目標13のターゲットとグローバル指標を学習し、併せて、「環境問題とは何か?」、「地球の自然環境に何が起きているか」、「私達は、何ができるか。」等を、学びの中で、考えていきましょう。
■桐の会 会報:「環境学習会 2026年1月度」
環境学習2026年1月度 E17 :「 SDGs目標12と目標13の学習 」 January 15, 2026
(国連広報センター『前文』、外務省『JAPAN SDGs Action Platform』、内閣官房外務省『自発的国家レビュー(VNR)2021年6月を』を元に作成)
今月は、SDGs「目標12」と「目標13」のターゲットとグローバル指標を学習します
■ 【目標12.】つくる責任 つかう責任
:持続可能な生産消費形態を確保する。
■ 【目標13】気候変動に具体的な対応を
:気候変動とその影響に立ち向かうため、緊急対策をとる。
ターゲットとグローバル指標の詳細は、別添資料を参照願いたい。
今月の学習会では、「目標13」は、各自、昨年5月の会報E02「気候変動とは何か?」を復習していただくことにして、【目標12】・「つくる責任 つかう責任」について、日本の公害問題の視点から考えてみたい。日本の産業型公害で、人間に被害を及ぼした「四大公害病」は、次のものである。多くの研究文献がでており、これらを元に要約し、一覧にする。いずれも、耐えがたい苦痛や死をもたらしている。
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水俣病 |
新潟水俣病 |
イタイイタイ病 |
四日市喘息 |
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発生地区 |
熊本県 水俣市 不知火海岸 |
新潟県 阿賀野川下流域 |
富山県 神通川流域 |
三重県 四日市市 |
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原因 ・企業 |
新日本窒素肥料 (現・窒素㈱・JNC㈱ ・水俣工場、アセトアルデヒド工場) |
昭和電工 (現・新潟昭和鹿瀬工場) |
三井金属工業 神岡鉱山亜鉛精錬所 |
石原産業、中部電力 昭和四日市石油 三菱油化、三菱化成工業、三菱モンサント |
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原因物質 |
メチル水銀化合物 (水質汚濁) |
カドミニウム (水質汚濁) |
流黄酸化物 (大気汚染) |
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発生 |
昭和28年(1953) |
昭和40年(1965) |
明治43年(1910)代 |
昭和34年(1959) |
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裁判提訴 |
昭和44年(1969) |
昭和42年(1967) |
昭和43年(1968) |
昭和47年(1972) |
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判決 |
昭和48年(1973) 患者側全面勝訴 |
昭和46年(1971) 患者側全面勝訴 |
昭和46年(1971) 患者側全面勝訴 |
昭和47年(1972) 患者側全面勝訴 |
これらの四大公害は、「つくる責任」において、私達に歴史から学ぶ次の教訓を残している。
1.生物や植物が死をもって発する警告は、注意深く受け取らなればならない。
2.発生源対策に取り組むことが重要、原因究明や対策を先延ばし、被害を拡大させてはならない。
3.補償対処には当時者の声を反映し、被害者に寄り添う第三者や司法の役割を重視しなければならない。
次に、日本最初の公害問題といわれる銅山の煙害と鉱毒による人と動植物への事件がある。「つくる責任」について、「環境問題」の知識が低い時代、事業者がどのような対処をしたか、その両極端にある2つの歴史的な事件である。「事業者がとるべき姿勢」について、この「環境問題の事件」を考えてみたい。
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足尾銅山鉱毒事件 |
別子銅山鉱毒事件 |
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事業者 |
古河市兵衛 (古河財閥:明治時代/古河市兵衛が創業) |
住友家 (住友財閥:江戸時代初期/住友正友が創業) |
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発生 流域 |
渡良瀬川流域 栃木県・群馬県・茨城県・埼玉県 |
国領川流域 愛知県新居浜 徳島県美馬郡脇町 |
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発生時期 |
明治23年(1890) 渡良瀬川大洪水、栃木群馬 両県に鉱毒被害発見 |
明治26年(1893) 新居浜で煙害問題発生 明治32年(1899) 大水害による鉱毒被害 |
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被害 |
山林荒廃・農作物/煙害被害・魚の大量鉱毒死 |
山林荒廃・農作物の被害・魚類へ鉱毒被害 |
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事業者の 姿勢 |
自らの事業が公害の原因とは認めず、永久示談金という、金銭の補償で解決しょうとし、発生源対策をしなかった。 |
公害対策を事業者の社会的責任と捉え、公害防止へ先進的な技術的解決策を模索し、大規模投資によって解決に取り組んだ。 |
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最終 決着 |
昭和49年(1974) 最終公害調停成立にて決着 |
昭和14年(1939) 四阪島精錬所の煙害問題に決着 |
銅山公害事件は日本の公害事件の原点で、事業者の経営姿勢の差が良く表れている事件だ。足尾銅山公害事件は「被害者救済」を金銭の補償だけで解決しょうとし、「発生源対策」に取り組まなかった為、被害が拡大した。これを義人・田中正造が生涯をかけて追及した。他方、別子銅山公害事件は、「被害者の救済策」を損害賠償だけで片付けることをせず、「発生源対策」に、真の解決策を求め続けた。そこには、江戸時代からの銅山経営や鉱毒問題対処等の経験から住友の経営精神となった「自利利他公私一如」(住友の事業は住友自身を利するとともに、国家を利し、社会を利する事業でなければならない。)という、住友家の家訓が生きていたのだろう。江戸時代・近江商人の家訓にも、「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」という教えがある。これらは、現在のCSR(企業の社会的責任)に通じ、「つくる責任」の考えだ、と思う。
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