「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会報 街の散策:57 御茶ノ水駅から東京都水道歴史館 散策
公開日:2026年07月01日 最終更新日:2026年07月02日
「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会員各位
■ 「桐の会(ポロウニア・クラブ)」 会報のお知らせ 会員:K.T.
こんにちは。2026年7月の会報をupします。暑さが本格的になってきました。各自、体調にくれぐれもご用心ください。さて、今年は街の散策エリアを広げています。脳トレを兼ねて、歴史という膨大な過去の時間軸と併せ、現地・現物・現実を見る学びの散策を続けていきましょう。
P.S. 各位 :私達のもう一つの学習テーマ「環境学習」についての情報です。[https://www.pref.saitama.lg.jp/cess/]
今年も「埼玉県環境科学国際センター(CESS)の「令和8年度 彩の国環境大学の受講生募集が始まりました。「CESS」のホームページから「埼玉県環境科学国際センター(CESS)のお知らせ」の「令和8年度 彩の国環境大学(基礎課程・実践課程)の受講生を募集します。基礎課程(オンデマンド受講)・実践課程(会場受講)」をクリックし、CESSのお知らせ情報から「講義の詳細・受講申込書」を入手してみてください。お薦めは、隙間時間で受講できる「基礎課程(オンデマンド受講)」です。埼玉県が県の事業として行う環境基礎知識啓もう活動の学習講座ですので、無料です。受講したことのある人も、受講できます。私は今年4回目の受講申込をします。環境の基礎学習ですが、毎回、新しい発見があります。知るを楽しむ、環境知識のアップデートに、ご利用ください。
■「桐の会(ポロウニア・クラブ) 会報 街の散策


【街の散策からの気づき発見】会報 July 1, 2026
57 御茶ノ水駅から東京都水道歴史館 散策
東京都水道歴史館を見学しょう、と思い立ち、御茶ノ水駅にきた。むかし通勤に利用した駅であるが、聖橋口は様変わりしていた。お茶の水橋口の改札口は昔の面影があるも、構内は聖橋口と一直線につながり、都会的に洗練された雰囲気になっている。2009年からの駅改修工事は今年中、2026年に完成し、現在神田川に設けている工事用の桟橋は撤去されるらしい。
お茶の水橋から神田川を見ている。神田川は、三鷹市の井之頭公園の井之頭池を源にし、かっては平川と呼ばれ、現在の飯田橋付近から日本橋川を通って、日比谷入り江に流れ込んでいた。江戸幕府の河川改修で瀬替えが行われ、現在は両国橋で隅田川に合流する流路24.6kmの中規模河川である。お茶の水橋の中ほどから神田川を見ながら、『江戸時代初期に堀割られた河川なのだ』、と思い出していた。現神田川を挟んだ北側の本郷台(湯島台)と南側の駿河台は、一続きで、「神田山」と呼ばれていた。2代将軍徳川秀忠の時代(1605~1623)、水害防止用の神田川放水路と江戸城の外堀を兼ねて東西方向に掘割りが作られ、現在の神田川の流れになっている。神田山の開削土砂は日比谷入り江や汐留地等、江戸の埋め立てに使われた。お茶の水付近の神田川の橋は、お茶の水橋が明治24年(1891)に初めて架けられた。明治37年(1904)に「御茶ノ水駅」が開業した。お茶の水橋は、大正12年(1923)の関東大震災で焼失・破損したため、昭和6年(1931)復興事業で現在の橋に架け替えられた。下流にある聖橋は関東大震災の復興事業のひとつとして昭和2年(1927)に架けられた。橋の名前は一般懸賞募集され、北の湯島聖堂と南のニコライ聖堂の二つの聖堂を結ぶ橋として、「聖橋」と命名された。現在、聖橋側の神田川の川幅の半分ほどを御茶ノ水駅改修と川の護岸工事足場用に桟橋が設置されている。2009年から始まった改修工事は17年の歳月をかけ、ほぼ完了、2026年中に桟橋は解体撤去され、護岸改修・緑化等全工事が終了する予定との事だ。神田川とアーチ型の聖橋の景観がもどってくる。御茶ノ水駅から見る神田川・聖橋・お茶の水橋の景観は「21世紀の茗渓」となるかもしれない。お茶の水橋を渡り、順天堂医院側の外堀通りを神田川に沿って、水道橋方向へ歩く、標識に「東京都水道歴史館」の表示をみつけ、順天堂医院と順天堂大学の間の坂を上がっていくと、ほどなく、「東京都水道歴史館」についた。
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