春日部市市民活動センター ぽぽら春日部キリノカイ活動紹介社会教育・生涯学習・生きがい 「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会報 街の散策:51 備後須賀稲荷神社・初午大祭

 「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会報 街の散策:51 備後須賀稲荷神社・初午大祭

公開日:2026年04月01日 最終更新日:2026年04月01日

「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会員各位

■ 「桐の会(ポるニア・クラブ)」 会報のお知らせ                 会員:K.T.

 こんにちは。2026年4月の会報をupします。今月から新事業年度が始まります。「街の散策からの気づき発見」は、3年目に入りました。私達は、「まち」の散策を、その場所の歴史を含め、かって、「人が行きかった空間」の意味を込め、「街」の漢字をあてました。歴史という時空を超えて、膨大な時間軸と併せて見ると、現在見える空間や構造物は、ただ見るだけとは違う風景があることに気づかされ、散策の新たな面白さを知りました。今年は、街の散策エリアを広げて、脳トレを兼ねた学びの散策を続けていきましょう。

  「桐の会(ポロウニア・クラブ) 会報 街の散策 

 51(1) IMG_3083 備後須賀稲荷神社1   51(2)IMG_3085 不動院野の神楽  51(3)IMG_3090 御祭り1

51(4)IMG_3092 神輿1 51(5)IMG_3095 神輿2 51(6)IMG_3099 つじぎり1

     【街の散策からの気づき発見】会報   April 1, 2026

     51 備後須賀稲荷神社・初午大祭  

 3月1日(日)、備後須賀稲荷神社の初午大祭に出かけた。午後3時過ぎに着いた。神社の入り口付近には露店が並び、なにやら懐かしい田舎のお祭りの様子だった。初午大祭は京都の伏見稲荷大社が有名だ。毎年2月の最初の午(うま)の日(旧暦十二支の「午」に当たり、12日に1度巡ってくる。)に、稲荷神社で五穀豊穣・商売繫盛の祈願が行われる伝統行事だが、この地区は3月、午前から夕方まで、終日行われる。鳥居の傍では神楽が奉納されていた。不動院野神楽保存会の幟がみえる。『あれ、不動院野の神楽が、なぜ備後須賀稲荷神社で奉納されるのだろう?』と思った。世話役らしい年配の氏子の人に聞くと、「昔からだよ。俺の爺さんの頃も奉納していたよ。昔は神楽殿を造ったもんだが、皆、年取って、もうできねえよ。」、という。境内の入り口でスティール製の格納庫のような神楽殿なので、不思議に思っていたが、時代の変遷なのだ。

初午大祭のクライマックスは、16時からの「本神輿の渡御(分娩館より出発)」だという。神楽をみて、境内に入る。一番奥に本殿がある。本殿の前にはお使いのキツネ像が両脇にならんでいる。熊野神社の八咫烏、八幡神社のハト、氏神様の狛犬、三峰神社の狼など、と同じく、神使(かみのつかい)・眷族(けんぞく)などと呼ばれるものだ。稲荷神社でキツネがお使いに選ばれたのは、稲荷神社が農業神であることと結びついていることによるらしい。古代、日本には神道の原形として、山の神、田の神の信仰があった。春になると山の神が里に降りて稲の育成を守護し、収穫が終えた秋に山に帰っていく。キツネも農事が始まる初午祭の頃から収穫が終わる秋まで人里に姿を見せ、秋には山へ戻っていく行動からキツネが神使とされるようになったようだ。環境変化により、日本の狼は絶滅、キツネは日本全体では絶滅種にはなっていないが、都市化が進んでいる都府県では絶滅種にあげられている。さて、神輿渡御の時間になった。白装束に小烏帽子(こえぼし)、白足袋を着用した氏子達が集まってきた。平安時代以降の神事の正装で神輿を担ぐのは珍しい、と思った。先達の二人に、かわいい稚児2人が続き、天狗の猿田彦役、キツネ役、神主、氏子役員、太鼓打ち役、その後に神輿、白装束の担ぎ手が担ぎ、太鼓の音に合わせて、静かに進む。平安絵巻のような神輿渡御一行は神社の前の一区画を廻る。車が通る道路では、氏子が車を止めて、一行の進路を確保している。神輿渡御とは、神様を神輿に乗せ、氏子地域を担ぎ歩いて、氏子の無病息災・五穀豊穣・地域の安寧と繁栄を祈願するものだ。お祭りの日は、この一画を通行止めにすればいいのに、と思うが、諸事情があるのだろう。地域の人々が集うお祭という文化は、長い歴史を重ね、地域コミニティの絆を育む役割を担っている。

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 51 備後須賀稲荷神社 初午祭

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