「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会報 街の散策:44 春日部市の「酉の市」
公開日:2026年01月05日 最終更新日:2026年01月05日
「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会員各位
■(2025年度) 「桐の会 会報」のお知らせ 会員:K.T.
こんにちは。2026年1月の会報をupします。事業年度の第四クオーターに入りました。2026年の新たな年を迎え、また一つ歳をとりましたね。年々、身体の衰えは受け入れざるを得ませんが、脳は使い続けることで、身体よりも耐用年数が長いといわれています。今年も、脳トレを兼ねた学習会を続け、健康に気を付けて、元気に1年を過ごしていきましょう。
「桐の会(ポロウニア・クラブ) 会報 街の散策
[ 街の散策からの気付き発見 ]
春日部市の「酉の市」 January 5, 2026
12月14日、午前中は雨、午後は曇りになったので、粕壁神明社の「酉の市」に出かけた。雨の「お酉様」でなく幸いだった。粕壁神明社は、7月21日の例祭と12月14日の新穀感謝祭の年2回の日にちで決められた例祭のためにある場所のようだ。鎮座年月は不詳、「酉の市」がいつから始まったのかも不明である。現在につながる「酉の市」のはじまりは江戸時代、江戸近郊の花又村(現在の東京都足立区)にある大鷲神社(鷲大明神)からで、当初は近郊の農民たちが収穫を祝って、鷲大明神に鶏を奉納する素朴な収穫祭として行われており、農作物や農具が売られていたようだ。いつしか、福を「かきこむ」として縁起物の熊手が売られ、江戸時代中期になると、実用的な熊手が装飾を施した縁起熊手と変化し、商売繁盛や開運招福を願う性格の祭りに発展した、という。「酉の市」の起源には、神道と仏教の2つの説がある。神道説は、神話の世界になる。日本武尊が東夷征討の際に、鷲宮神社(埼玉県久喜市鷲宮1-6-13)に戦勝祈願をし、帰途に大鷲神社(東京都足立区花畑7-16-8)で成功を祝ったことに由来するとされ、日本武尊が亡くなったのが11月の酉の日であったため、「大酉祭」の祭礼を行ったのが始まりとされる。他方、仏教説は、鎌倉時代、文永二年(1265)日蓮大聖人が上総国鷲巣(現・千葉県茂原市)の小早川家(現・大本山鷲山寺)に滞留の折、国家平穏の祈願をこめたところ、十一月の酉の日、明星(金星)がにわかに動き出し示現したと伝わる。尊仏は七曜の冠を戴き、宝剣をかざして鷲の背に立つ鷲妙見大菩薩(わしみょうけんだいぼさつ)で、その立ち姿から「鷲大明神」・「おとりさま」と呼ばれた。春日部市の「粕壁酉の市」の始まりは不明だ。武蔵一宮 氷川神社(大宮)の「十日市(とおかまち/大湯祭)が延宝年間(1673~1681)の社記にあることから春日部市の酉の市も建立された天明年間(1781~89)の頃には、始まっていたのかもしれない。「酉の市」で熊手の露店を見ると、いよいよ年の瀬を迎えたことを実感する。
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