「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会報 街の散策:43 街の小さい秋みつけた
公開日:2025年12月01日 最終更新日:2025年12月02日
■ 「桐の会(ポロウニア・クラブ) 会報 街の散策
[ 街の散策からの気付き発見 ]
43 街の小さい秋みつけた December 1, 2025
晩秋の大落古利根川遊歩道を散策している。遊歩道の桜並木は、例年、黄色・オレンジ・赤へ紅葉し、秋の「さくらもみじ」を楽しませてくれていたが、今年は紅葉の前に散った葉が多いように見受ける。私の感覚になるが、今年の秋は短い、夏からいきなり冬がきたような感じだ。それでも秋の風情はある。紅葉は落葉前に葉の栄養分を幹に回収して冬を越し、春を待つ準備のためで植物の知恵らしい。この時期の散策は、あちこちに、秋の風情を楽しめる。
晩秋の景色に、小さい頃に習い覚えた「小さい秋みつけた」の童謡を思い出した。私は、この童謡を童謡のまゝ感じ、詩の内容について深く考えたことがなかった。調べると、サトウハチローの造語であること、いろいろ解釈があることを知った。この作品は、昭和30年(1955)11月、NHK「秋の祭典」特別番組用に作詩・作曲された作品で、サトウハチローは、この詩について「原稿用紙の前に布団に腹ばいになって外を見ていたら赤くなったハゼの葉を見て、いいしれぬ秋を感じて、この詩を書きあげた。」、らしい。詩の解釈については諸説あるも、「一番は、耳に聞こえた秋で、病であろう、外に出られない『誰かさん』が、耳で聞いた秋。二番は、肌で感じた秋で、病床に縛られている『誰かさん』が、隙間風で感じた秋。三番は、むかしの思い出の秋で、昔の思い出の中で『誰かさん』が、なつかしく感じた秋。」、となるらしい。一方の作曲は、「ちいさい秋みつけた」の詩の作曲を依頼された中田喜直が三鷹市の井之頭公園を散策していたときに、浮かんだメロディーだった、という。このメロディーと、いっしょに「小さい秋みつけた」の詩は、思い出した。『そうか、耳で聞く秋もある。』、と思い出したのは童謡の「虫のこえ」だ。まつむし・すずむし・こうろぎ・くつわむし・うまおい等、こどもの頃、田舎で、これらの虫の声をよく聞いたものだ。虫さん達は環境変化で少なくなり、人の住まいは都市化した。かっては、耳で聞く「秋の声が」あった。最近は、すっかり聞かなくなったことに気が付いた。
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