春日部市市民活動センター ぽぽら春日部キリノカイ活動紹介社会教育・生涯学習・生きがい 「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会報 街の散策:39 中川散策・「新川橋付近」

 「桐の会(ポロウニア・クラブ)」会報 街の散策:39 中川散策・「新川橋付近」

公開日:2025年10月02日 最終更新日:2025年10月03日

   ■ 「桐の会(ポロウニア・クラブ) 会報 街の散策  

     39(1) 中川・新川橋  39(2) 新川橋からの中川上流 39(3) 新川橋から中川下流 

 39(4)中川起点 39(5)中川の流路図 39(6)中川七曲り

         [ 街の散策からの気付き発見 ]

  39 中川散策・「新川橋付近」       October 2, 2025 

 春日部市には大中小の多くの川が流れている。大きな川は、大落古利根川・中川・江戸川というところだ。この中で、中川は呼び名や流路が変遷したわかりにくい河川である。古くから埼玉県東部低地を流れ、庄内地区に深い関わりがあった川である。時代により、「古河」、「庄内古川」、と呼ばれていた。

現在の中川は、国土交通省のホームページによると、

「(前略)埼玉県羽生市に源を発し、大落古利根川・新方川(にいがたがわ)・元荒川・大場川等、多くの河川を集め南下し、東京都葛飾区高砂で新中川を分派、中川七曲りと呼ばれる蛇行区間を経て、葛飾区上平井で綾瀬川と合流して流れ江戸川区で東京湾に注ぐ流路延長約81kmの一級河川である。(後略)」、とある。

旧・庄内古川は、江戸幕府編纂の『新編武蔵風土記稿』に、

「(前略)此川、古は江戸川の一派にして国界を流るゝ大河なりしに、中古以来水流やゝ衰へ、正保の国図には既に古河と記せり、其後享保年中水利を考て下流内川村の辺、江戸川と落合所に堤を設け、少く西に退て二郷半領加藤村まで疎通して江戸川に注ぎしが、寛政十二年又其合流の口へ堤を築き下流を穿して今の如く丹後村の東にて江戸川に合流せり(後略)」とある。

江戸時代の加藤村は、現在の杉戸町・春日部市の一部・松伏町の一部の地区になるらしい。川には歴史がある。庄内古川(現中川)は東部低地を流れていたため、悪水の排水路として古くから利用されていたようだ。上下水道の普及で、近年人々は川に触れあうことが少なくなった。川が安全な子供達の遊び場でなくなったことは残念だが、この街は身近に川の散策ができる自然環境がある。川の散策では、四季の移ろいを感じられる贅沢な時間を過ごしている、と思っている。

     *↓PDF詳細は、こちらから見てください

 39 中川散策・「新川橋付近」v2

この記事を見た人はこんな記事もチェックしています

Menu